フジファブリックとの出会いと武道館。



フジファブリック初の武道館ワンマン。

見ることができて嬉しかった。フジファブリックはデビュー直後から応援しているバンドで、小さなライヴハウスから10年かけて武道館にまで行く、いわばサクセスストーリーを見ることができた、僕にとってははじめてのバンドだからだ。

もともとは10年近く前に、ある編集者の方に教えてもらったバンド。仕事きっかけで知ったバンドは彼らがはじめてだった。


僕は当時宣伝や販売促進の部署でマーケティングの仕事をしていた。その中で面白いタイアッププロモーションができないかと探していたところ提案してもらったのがフジファブリックとのコラボだった。


当時家のカタログにはくるりやアジアン・カンフー・ジェネレーションといった今でいう日本語ロックの走りのバンドもあったけれど、それは僕にとってのギターポップのように、シーンとして追いかけていたのではなくて、たまたまそれらのバンドの音楽が引っかかって聴いていたこともあって、フジファブリックのことは知らなかった。私以外のメンバーも名前すら聞いたことがないという人ばかりだった。


新人バンドのタイアップ企画を通すにはかなり苦労したが、社内の責任者に直談判するなどして特別に許可をとり実現にこぎつけることができた。かなり異例だったけど、そこは熱意で通した。


企画そのものは、滞りなく進んで無事に終わった。当時フジファブリックの新作リリースツアーに招待されたのだが、それが僕にとって彼らを生で見る初ライヴだった。僕は前で見たかったので前日にチケットを買っていった。代理店担当者からは珍しいと言われたけど、仕事の前に僕はリスナーになったから、それは当然のことだったような気がする。確かアンコールで陽炎をやってくれた記憶がある。


終演後汗びっしょりの中でスーツに着替え、メンバーを紹介してもらった。もう何を話したかは覚えてないけどね。タイアップした企画の現物を見せたときにメンバーが喜んでくれたことはなんとなく覚えている。そういえばアー写、ジャケ写という言葉を知ったのもこの時だ。

 
そしてこの時の経験がその後続く各種音楽プロモーションの仕事につながっていく。

ラジオ番組でのプロモーション、フェスイベント、着うたフル配信からHMVやタワレコとのイベントなど、インディーズからメジャーまで、店頭からマスメディアまで色んな経験をさせてもらった。地味ではあったけど業界初の企画もいくつか手がけることができて、他社がわざわざ聞きにくるほどだった。


僕は音楽業界について修業中の身だ(だから今はそれを理解するための活動に取り組んでいる)。かなり属人的な要素が強く権利関係も複雑、BtoBなのにCtoCの要素が強いビジネスモデルだったりするし、なかなか難しい。

ただ音楽に関する仕事のキッカケを作ってくれた一つがフジファブリックで、それらの経験があったからこそ、このサイトがある。フジファブリックとのちょっとした出会いが今の自分に大きな影響を与えていることがわかる。


数年前、当時一緒に企画を推進してくれた方が東京に出てくるということで渋谷で会った。僕に会う前にEMIのフジファブリックの担当者とも会ったらしく、その時言われたのが、フジの担当者が色んな企画がある中で未だに僕の手がけた企画を覚えてくれていたということだった。なんか嬉しかった。


先日のワンマン。
武道館は満員だった。そして彼らはものすごくファンに愛されていた。

仕事で出会って以降新作が出れば欠かさず買い、毎年欠かさずライヴも見てきた。ステージがどんどん大きくなるプロセスはリスナーとして嬉しかった。

武道館、そこには志村さんもいた。
メンバーが志村さんを連れてきていた。志村さんのギターを弾いたり、アンプを置いていたり、彼の帽子もあった。僕は聴けなかったが「茜色の夕日」に志村さんのヴォーカルを重ねるといった演出、メンバーの想いもあった。


ソウ君最後の挨拶、フジファブリックを、志村ともどもこれからもよろしく、と話していた。それは三人になってからメンバーがずっと抱えていた葛藤にようやく整理をつけたという意味だったし、ファンの気持ちを理解した演出でもあった。


いつかまたメンバーにお会いできたら御礼を言いたいな。


ただただ、あの場にいられたことが嬉しかった。


ポプシクリップ。でした。

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