Pop Brothers from Glasgow Interview
L→ ダグラス・T・スチュワート(BMXバンディッツ)、ノーマン・ブレイク(ティーンエイジ・ファンクラブ)、ユージン・ケリー(ヴァセリンズ)

重要なことは日本のみんなにメッセージを送ることだった(ダグラス)

──2年前に日本では東日本大震災が起こりました。あの時ダグラスさんは震災復興に向けたコンピレーション・アルバム『Love Letter to Japan』を企画、翌月4月11日には配信開始するなどチャリティ活動に取り組んでくださいました(当時のニュース記事blog)。一度お伺いしておきたかったんですが当時アルバムをどのような想いで作られたのでしょうか?

 

ダグラス 「あの未曾有の災害が起こったとき、僕はすぐに日本にいる友達のミュージシャンらとの日々を思ったよ。ユージンは以前日本を訪れていたし、僕もBMXバンディッツとして来日していたしね。そしてノーマンも日本のバンドやミュージシャン達と関係を持っていた。もし僕がシャベルか何かを持って助けに行けたとしても、あまり役立たなかったと思うんだ。しかし、僕達ができたことはいくつかの音楽を集めることだった。恐らく僕たちが多くのお金を作ることはできないだろうとはわかっていた。けれどより重要なことは、日本にいる友達やファンのためにメッセージを送ることだったんだ、僕たちが日本のみんなを気にかけているということをね。コンピレーションについてミュージシャン仲間にお願いしたとき誰も「No」とは言わなかったし、やりたくないとも言わなかった。みんながとても助けてくれたんだ。コンピに参加してくれたミュージシャンの大半は何かしら日本のミュージシャンやファンと交流を持っていたからね」

──震災後に日本を訪れていかがでした?

 

ノーマン 「僕とエイロス・チャイルズ※7 は2011年にJonnyとして日本に来たんだ。僕は日本は危険な場所になっていると言われていたし、数多くの新聞がそのように言及していたからね。だけど日本は大丈夫で立ち上がってきたことを知った。だからライヴをキャンセルしたいなんて思わなかったよ。キャンセルするなんて馬鹿げていると思ったんだ。僕たちは日本を心底楽しんだ。そして驚いたことに、地震のあとに来日したことに日本のみんながが感謝してくれたんだよ。僕たちも悲しみを感じているよ」

 

ダグラス 「音楽は人生における大変な時に多くの人を助けてくれるんだ。音楽は人々の気持ちをより良くしてくれるしね」

 

※7 元ゴーキーズ・ザイゴティック・マンキのヴォーカル。ノーマンと“Jonny”というデュオを結成

今はグラスゴーにミュージシャンが集まってくるんだよ(ノーマン)

──グラスゴーにおけるミュージックシーンについて、ロンドンなどとも違う独自のインディー・ポップシーンがあるように思うのですが?

 

ノーマン 「グラスゴーは人々が音楽を作るために行く場所になっていると思うんだ。ポスト・パンクバンドの最初の波のグループがあって未だにグラスゴーで音楽を作り続けているからね。グラスゴーシーンの初期の頃、多くのバンドは、ロンドンに行って活動しなければならなかったと感じていたと思う。だけど今はバンドに加わるためにロンドンからグラスゴーに来たり、マンチェスター行ったりと…色々だよ。世界中にある多くの都市でみんながそうすると、それは音楽都市として見なされるようになる。グラスゴーは珍しいと思うね、だってとっても小さい町なのに本当にたくさんの音楽があるからね」

ノーマン・ブレイク
ノーマン・ブレイク

──何故グラスゴーは音楽の街と言われるほどまでになったのでしょうか? 個人的にはスティーヴン・パステルさんの存在が大きいのではないかと思うのですが?

 

ダグラス 「確かにスティーヴン・パステルがいることが、ミュージシャンや音楽ファンがグラスゴーに来る理由の一部であるとは思うけど、一つのバンドや一つの人物によるものだけではないと思う。パステルズ、オレンジ・ジュース、ティーンエイジ・ファンクラブ、ヴァセリンズ、ベル・アンド・セバスチャン、BMXバンディッツ、その他数多くのバンドを含むたくさんのミュージシャンがグラスゴーで長年に渡って音楽をやっているからだとも思うんだよね。またミュージシャン達みんなが互いに支えとなって助けあったり、励ましあったりするとてもポジティブな姿勢が普通にあることも理由に挙げられると思うな」

──様々な音楽に溢れているようですが...グラスゴーでポピュラーな音楽ジャンルなどがあれば教えてください。

 

ダグラス グラスゴーで人気がある音楽ジャンルを定めるのは難しいな。グラスゴーのミュージシャン達は一つの音楽カテゴリというよりはむしろ非常に広いジャンルから影響を受けていると思うんだよね。ビートルズ、60年代70年代のフレンチ・ポップ、ビッグ・スター※8、アメリカンソウル、ブラジルのトロピカリア※9、エンニオ・モリコーネ、ジョナサン・リッチマン、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、カントリー・ミュージック、クラフトワーク※10、ビーチ・ボーイズ、その他にもたくさんの音楽が、グラスゴーから生まれ出てきた音楽に多大な影響を与えているんだ

 

※8 アメリカのメンフィス出身、アレックス・チルトン(Vo・G)、クリス・ベル(G)、ジョディ・スティーヴンス(Dr)、アンディ・ハンメル(B)らによるラズベリーズと並ぶと言われる元祖パワー・ポップバンド

※9 60年代後半にブラジルで湧きあがった音楽、美術、映画などの一大ムーヴメント。ロックンロールとボサノヴァを融合した当時としては新しいブラジリアン・ポップ・ミュージックの形態が生まれた。その後すぐに下火になったものの’90年代に元トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンによって再評価された

※10 70年代から活動している未だ現役のドイツ出身のラルフ・ヒュッターらによるエレクトロニック・ユニット

──話は変わりますが、日本の好きなところを教えてください。

 

ノーマン 「食べ物かな。日本の食べ物は信じられないくらい美味しいし、驚くことばかりだよ。あと人々がとても礼儀正しいと思う。お互いに尊重しあっているよね」

 

ダグラス 「そう、ミュージシャン達も同様だよね」

 

ノーマン 「僕たちはテニスコーツというバンドが好きなんだよ」

 

ダグラス 「もし“世界中にあるバンドの中でどのバンドに入りたい?”と聞かれたらそれはテニスコーツだと答えるよ(笑)」

 

ノーマン 「来るたびに、彼らのことが好きになるんだよね。いつか日本語が話せるようになれたらと思うよ」

 

インタヴュワー 「ユージンはどうですか?」

 

ユージン 「ノーマンが言ったとおりだよ!他に言うことは何もないね(笑)」

 

全員 「(笑)」

──最後に、日本のファンにメッセージをお願いします。

 

ノーマン 「僕たちのライヴに来てくれて、そしてアルバムを買ってくれる全ての人たちにありがとうと言いたい。そして日本に来る機会を与えてくれたことにとても感謝しているんだ」

 

ユージン 「僕も同感だ」

 

ダグラス 「ああ、ノーマンの言ったとおりだよ」

 

 

──ありがとうございました。

              

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