冷静と情熱の間にあるビジネス目線とファン目線の違い

 

 

取り組みの成果をどこに設定するのかにもよるのだろうけど好きなブランドと仕事をすることについて最近考えさせられた。

 

 

仕事である世界的に有名なブランドとのコラボレーションをすることになった。僕もそのブランドについては昔から知ってはいるもののその世界観については正直世間一般に知られている程度でいわゆるマニア、オタクといっためっちゃ好き!愛してる!といった深い感情は持っていなかった。一方職場の後輩はそのブランドが大好きでその世界観について細部まで詳しかった。

 

そんなことだからそのブランドとのコラボの仕事は後輩にやらせてあげたいなあと思っていたんだけど、結果としては僕が担当することになった。

 

 

後輩のスキル不足の問題もあるのだけれど、後から上司が話していたのは、その後輩は確かにそのブランドには詳しいものの趣味の延長、ファン目線での発言が多くビジネス観点が抜け落ちていた。それが外した理由だったと僕に教えてくれた。

 

憧れのブランドとの仕事を是非にでもやってみたいと思うのは普通の感覚だと思う。ただ好きすぎたりすると変に力が入って大切なものを見逃す気がする。特に経験が浅いうちは。

 

 

ふと働きマンというマンガを思い出していた。その中で新人編集者が好きな作家さんに熱心にラブコールを送りアポをとり仕事をすることになったのはいいけれども、いざ仕事をする際にその作家さんが指名したのは経験豊富な主人公でその新人編集者ではなかった。

 

その新人編集者は作家さんに理由を聞くのだけれどそのときの答えが確か熱意は嬉しかったけど、仕事をするパートナーとしてみた場合は主人公の編集者の方が自分の可能性を広げてくれる気がしてよかったといった内容だった気がする(違ってたらすみません)。

 

 

好きという原動力はとても大事なことだ。そうでないとやれないことがたくさんある。ただ実際に自分の身に起きた上記のような出来事を考えると、それを仕事でやるときには、熱い自分と一歩引いた冷静な自分を使いわけられるようになってからでないとうまくいかないのだろうなと感じる。

 

例えば契約交渉一つとっても骨が折れるしスキルも必要だ。スキルというと大袈裟だけど果たせる役割、提供できる価値と考えたほうがわかりやすいかも。そこを明確にしないと仕事としてやるのはなかなか難しい。

 

気持ちは持った上で相手に対して提供できることが前提にあるという、仕事においては、至極当然ながら案外抜け落ちやすいことを改めて思った出来事だった。

 

 

僕も20代のころは似たような経験をしていてその時の反省から冷静に気持ちの切り替えをするようになった。とはいえ実際にできるようになったのは20代の後半以降に色々な仕事を任されるようになってから。

 

また何か一つではなく複数好きなものを持つ、比較できるものを持つことで憧れや好意を持つ取引先との仕事をビジネスライクにできるようになった。

 

好きなブランドとの仕事をするときはそのブランドのファン心理だけでなくライバルブランドの特長や業界の話題なども交えながら話をするようにしている。ファンにありがちな近視眼的な視点を抜け出して少し広い視野で相手に接することで信頼が得られやすくなったからだ。

 

少し前に友達からポプシクリップ。はビジネスライクなところがいいよね、と言われたんだけどもしかしたらそうなのかもなあと今回の話を通じて少し思った。

 

またね。

 

 

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