尊敬する人たち、好きな人たちと仕事をすることはとても心地いい。


こんにちは、ポプシクリップ。です。

 

今日は働き方について少し思ったことを。

 

尊敬する人たち、好きな人たちと仕事をすることはとても心地いいなと。
そんなの言われなくてもわかってるという人は多いと思うけど、僕はここ最近までそれがあまりよくわからなかった。体感できるようになったのはここ1年ほどだ。

 

 

この前後輩が会社を辞めてフリーランスになった。近い将来海外に行くことが決まったから、その前に日本で手に職をつけたいということで、今は語学学校に通いながら勉強しているらしい。その後輩はとても優秀で仕事については一目おいていたから、ライフワークを少し手伝ってもらうことにした。

会社の後輩と会社以外で一緒に何かをするのはなんか変な気分だ。会社にいるときとプライベートでは180度作業の進め方や仕事への価値観が違う。先輩として会社の方針のもとに職場で話していたことと違うことを言わなければならないこともあったりする。というか違うことのほうが多い(笑)。

 

早速その後輩に作業を頼んだところ、納期通りにしかもプラスアルファで返してくれた。気心もしれているし、仕事ぶりをわかっていたとはいえ予想外だった。なぜならライフワークで頼んだことは会社時代とは全く異なる内容のものだ。しかもその後輩に実績はまだない。それでも頼んだのはその後輩を信頼していたのと直感だった。それで十分な成果を出してくれた。自分がいいと思った相手に直接頼めて成果も出たから気持ちのいい仕事だった。

 

単なる一例だけど会社で仕事をするときとは何もかもが違ったように感じたのは、人を見て自分で判断したからだと思っている。◯◯会社にお願いするのと、◯◯さんにお願いするのでは手触り感が違うんだよね。なぜかよくわからないけど、そんなことに改めて気づかされた。

 

 

 

 

今働いている会社では、組織としての判断基準、合理的な理由、誰もが見ても納得できるような理屈がいたるところで求められる。

例えば誰かに仕事をお願いする場合、必ず相見積もりをとって比較するし、相手の財務状態、過去の仕事のクオリティなどリスク回避のために様々な観点でチェックする。

ここで大事なことは取引実績は考慮するけど、人間関係はあまり考慮されない点だ。何故なら自分の会社も相手の会社も担当者が人事ローテーションでどんどん変わるので、担当者が休んでも変わっても互いに仕事がまわるようにすることを前提としているから。業務マニュアルを作り仕事の進め方を資料化して、標準化して誰でもできるようにしていくんだよね。

うちの会社では仕事は誰もができるようにするという考えが徹底されている。組織として仕事をするから、相手企業の担当者の人間性などは選定の判断基準としてはほとんど考えない。例えば取引先選定の稟議の項目に相手担当者の人間性を書いたことは一度もない。

最初はある人しかできない仕事も、すぐに誰もができる仕事になるよう仕組化していく。また経済合理性が優先されて、属人的な基準、なんとなくの感覚で選ぶことはできない。全て第三者が納得する説明が求められる。

勘違いしてほしくないんだけど、属人的な部分、担当者の人間性はもちろん大事だし、個人的には一番大切にしたい。とはいえ仕事をする相手として冷静に考えると、パフォーマンスやクオリティを優先して人柄や好き嫌いはそのあとになる。なんとなく嫌いな相手でも、仕事ができるんだったら頼んでしまうことってあると思うんだけど、そんな感じ。もちろん特殊な技能やデザインなど、センスが問われる仕事、その人にしかできない仕事を依頼する場合は除くけど。

 


この前は1人のカメラマンを起用する際に12人も候補を出して、それぞれの得意分野を整理した上で実績のある人にお願いしたんだけど、その整理、何故その人でないといけないのかを社内説明する理由づけが大変だった。別に何十万何百万といった仕事ではなくて、どこにでもあるような、記事を作るためのロケ撮影の仕事、ギャラは10万もしなかったと思う。


しかも相手はフリーランスで個人との直接契約は経理がうんと言わなかったから代理店に入ってもらった。会社としては万一のことがあったときのリスク回避だと思う。ビジネスリスクを考えれば当然だというのは頭ではわかるけど、なんかね、むしゃくしゃした。

 

実績がある人で、会社としてこれまで数え切れないくらい取引をしているのにも関わらず、そんなことを言わなければいけないことがね、なんか腹がたった。代理店に入ってもらわなければいけないことを伝えるのが正直嫌だった。マージンも取られるしそれって先輩や自分がいいなと思ったカメラマンを信用していないと言っているのに等しいからだ。相手の方は”よくあることですから気にしなくていいですよ”と言ってくださったけど、なんか申し訳なかった。先輩も怒ってた。

 


ここ数年ポプシクリップ。でも色んな人と関わるようになった。こちらでは経済合理性よりも人間関係を優先している。自分たちがいいなと思う人と自由にやるようにしている。選ぶのは自分たち、何か起きてリスクとるのも自分たちだ。


だから失敗したこともある。あるライターさんがいきなり音信不通になったのだ。インタビューの録音データは持っていたので、なんとかリカバリーしたけどやっぱりキツかった。そのときは会社がやっていたリスク回避の重要性を再認識したし、仕事においてリスク回避は当然というのも身に染みたけど、今でも自分がいいと思った人たちとやるスタンスは変えていない。せっかくプロボノで何かやるのだから、会社と同じことをしたくないというのもあるし、そこは自分たちが選んだ人を信用してやろうというそれだけの話。会社では何か起きたときに責任をとるのは組織としてとるから、組織判断としての基準が求められる、それだけの話でもある。

 


このことを自営業やフリーランスの友達に話したら”会社って大変だね。リスクはわかるけど、自分たちが信頼しないと相手にも信頼してもらえないじゃん。リスク回避って言うけどそれって何か起きたときの責任逃れでもあるよね”と言われた。苦笑いするしかなかった。

 

 

会社のやり方がビジネスとしては正しいかもしれないけど、個人的な嗜好ではもう少し好き嫌いや直感を大切にして仕事をしたいなと思った。その方が心地いいし、いい仕事ができる気がする。(もちろん数百万から数億といった単位のプロジェクトで多くの人間が関わるような仕事は除くけど)

 

会社でしかできないことがたくさんある。一方、会社にいることで見失っているものもあるんじゃないかと思った出来事だった。幸いにも今は複数の立場で色んなことをやっているから、気づけたけど、会社員だけしかやっていなかったらこの感覚を知ることはなかったんだなと思うと、プロボノで何かをやることはプラスに働くなあと思った次第。

 

 

色々あるね・・・。

 

 

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...