シンガーソングライターの高橋徹也が、10枚目となるアルバム『Style』をリリースした。シティポップ、AOR、ジャズ、ニューウェイブ・・・個性的なシンガーソングライターとして、様々な言葉で形容される高橋だが、今作のキーワードは高橋自身の「オープン化」にあると筆者は考える。
あくまでこれまでの作品と比較しての相対的なものではあるが、一聴して楽曲が聴きやすくキャッチーであったこと、詞のテーマ、世界観もわかりやすく共感しやすいものになっていたためだ。それは今までの作品ではあまりフィーチャーされてこなかった、いわば高橋にとっての未開拓領域、デビュー以降の高橋があえて封印していた部分だったのかもしれない。しかし『大統領夫人と棺』以降の近年の彼の作品を連続で聴き進めていくことで、並行して彼の音楽活動の充実具合を見ていくと、インタヴューで高橋自身も認める開かれた作品になった『Style』に到達したのは極自然なことであったことがわかる。
昨年のデビュー20周年記念ライヴも大成功に終わり、仲間との結束がより強まった高橋。最高の仲間と新しい一面を切り開いた『Style』は、21年目を迎えた彼の再・デビューアルバムと言っても過言ではない。
インタヴュー・テキスト 黒須 誠
撮影 山崎ゆり
上記でそれぞれ試聴できます
『Style 2017 "After Hours"』
日時:2017年12月1日(金) open 18:30 start 19:00
会場:東京・下北沢風知空知
出演:高橋徹也 with 鹿島達也(b) sugarbeans(key)、脇山広介(dr)、 宮下広輔(pedal steel)
料金:前売り 3,500円/当日 3,800円
予約:yoyaku@fu-chi-ku-chi.jp (公演名/日時/氏名/枚数/電話番号を明記の上、お申し込みください)
※満席のため立ち見でのご予約を受付中です
──『Style』はキャリア21年目にして10作目となる節目のアルバムになるそうですね。
高橋徹也 「もともとはデビュー20周年の一環で、自分のキャリアを振り返るようなものができればと思っていたんです。それこそ最新曲から古い曲まで織り交ぜたようなものを考えていて」
──アニバーサリーを意識した作品だということですか?
高橋 「そうですね。今まではアルバム毎に “物語性” を持たせてそれを意識して作っていたんです。テーマというかキーワードがあって、それを膨らませて作っていく感じですね。でも今回のアルバムではテーマを考えずに、作りためたものの中からレコーディングしたい曲をセレクトしていったんです。ライヴでは演奏していたけど、録音していなかったものも結構あったので」
──やっぱりそうだったんですね。取材前に音を聴かせてもらった際、その“物語性”がないことに違和感を覚えたんです。僕が高橋さんを取材するようになったのは『大統領夫人と棺』以降ですけど、毎回必ずテーマがありましたし、ストーリーテラーの要素もあちこちに見受けられました。曲中に語りかけるような場面もありましたし、曲そのものが一つの物語になっているものもありました。ところが『Style』を聴いたとき、これらの要素がほとんど見受けられなかったんです。
高橋 「逆説的かもしれないけど、今回も物語性はあると思っているんです。ただ、おっしゃるように最初からテーマがあったのではなく、アルバムを作っていくうちに後から出てきたので、いつものようなわかりやすいものではなかったということですね」
──この話について、高橋さんの音楽活動が充実してきたことが、影響しているのではないかと思うんです。近年の作品で取り上げられていたテーマはある種のパンクというか、世の中への疑問やわだかまりなどが歌に含まれていて批評的な側面もありました。ところがご自身の音楽活動が充実してきたことで、世の中に対していわんとすることも減ってきたのではないかと。今回は王道というか、耳馴染みがよくキャッチーな印象が強いんです。
高橋 「それはあると思います。近年はこれまで以上にオープンというか、心を開いてきたなと・・・自分でもわかるんですね。特にライヴが充実しているんです。音楽を頭だけではなくて、フィジカルでやれるようになってきた。あれこれ考えるよりも気持ちいい音をバーンと出す、その心地良さを改めて感じるようになってきていて。それが大きいんじゃないかと」
──昨年の20周年記念ライヴは評判がとてもよかったんですよね。SNSでも絶賛されていましたし・・・これは何故だと思いますか?
高橋 「やっぱり・・・それも僕の心の開き具合だと思いますね。前にインタヴューをしてもらった時に “お客さんに対してどんどんオープンになってきている” という話をしたと思うんですけど、それがサポートメンバーに対してもあって。長い人では20年以上一緒にやっているんだけど、以前は今ほど踏み込んだ関係ではなかったように思うんです。一定の距離を保ちつつやっていたというか。いわゆるバンドにおけるバンドメンバーとは違って、サポートする側とされる側の緊張感もあるし。例えばキーボードのsugarbeans君は10歳も年下なんだけど、今ではライヴのMCで僕をイジったりもするし(笑)・・・いい意味で以前よりもメンバーと打ち解けてきた感じがあるんです。それはレコーディング・エンジニアも含めてのことですけど」
──つまり高橋徹也さんとサポートメンバーという関係から、“高橋徹也バンド”になってきたということですか?
高橋 「そうですね。まさに一体となって高橋バンドとしてやれるようになってきたのがリスナーに評価されたんじゃないかと」
──3年前にリリースされた『REST OF THE WORLD』はもともと'99年に作られた音源ですから、それを除くとフルアルバムは『ある種の熱』以来12年ぶりです。
高橋 「10曲入りの作品は久しぶりです。それができて良かったです」
──前作『The Endless Summer』のあとに作られた新曲が中心なんですか?
高橋 「いえ、そういうわけでもなく、デビュー当時のものから近年作ったものまで幅広く収録していますね。最新曲は〈シグナル〉です。あと3曲目の〈新しい名前〉や5曲目の〈曇ったガラス〉も近年作った曲ですが、アルバム・タイトルの〈スタイル〉はまさにデビュー当時に作った歌ですね」
──「Praha」は確かライヴアルバム『The Royal Ten Doller Gold Piece Inn and Emporium』に収録されていましたよね。
高橋 「この曲もわりと前に作ったものですね。ライヴ盤で先に出ていたんですけど、スタジオ録音としては今回が初めてです」
──そうなるとライヴで鍛えてきた歌も多いのではないですか?
高橋 「〈真夜中のメリーゴーランド〉や〈夕暮れ星〉、〈花火〉などがそうですね」
──ライヴで鍛えられた曲もそうですし、全体を見渡すと「スタイル」や「真夜中のメリーゴーランド」といった得意のバンドサウンドに、「八月の疾走」のようなシンプルなピアノ・アレンジまで、シンガーソングライターだからできるふり幅が見られます。
高橋 「僕はアレンジ云々を先行して曲を作ることがあまりないんです。それと当初〈花火〉がアルバムの最後を飾るにふさわしい曲だと考えていて、前作でいう〈バタフライナイト〉の位置付けで、しっとり終わるのがいいだろうなって。でもレコーディングをしていくうちに、次に向かう希望、ポジティブなイメージを最後に入れたくなったんです。それで急遽、sugarbeans君に頼んで二人でレコーディングしたのが〈八月の疾走〉で。この歌を入れることで少し開けた感じにしたかったし、もう一度アルバムの頭に戻って聴いてもらえるような・・・そんなことをイメージしました」
──タイトル曲にもなった「スタイル」について詳しく教えてくれませんか?
高橋 「〈スタイル〉は一番古い曲で、実はデビュー・シングルの候補だった歌なんですよ」
──シングル候補にまでなったのに、今回初音源化なんですか?
高橋 「そうなんです。ずっとお蔵入りだったんです。デビュー・シングルにもなった〈My Favourite Girl〉と〈真夜中のドライブイン〉、それに〈スタイル〉の3曲をデビュー前にデモ・レコーディングしたんです。結果〈My Favourite Girl〉がデビュー・シングルに、そして〈真夜中のドライブイン〉が2ndシングルになったんですけど、〈スタイル〉だけはライヴでもほとんどやらずに日の目を見ることがなかったんです。良い曲だと思ってはいたんですけどね」
──いつごろやろうと?
高橋 「数年前ですかね。ふとライヴでやってみようという気持ちになったんです。そうしたら今の自分にものすごくフィットしたんですよ」
──しかし歌詞は若く青々しい面も強く出ていますし、今の高橋さんとは印象がだいぶ違いますね。
高橋 「僕自身も青臭い歌ではあるなと思っていたんです。『夜に生きるもの』『ベッドタウン』や『大統領夫人と棺』などの作品と比較しても、ちょっと違う感じはあったんですね。青春ソングというイメージが強いし・・・だから長い間やらなかったというのもあるんですけど」
──それがフィットしたというのは?
高橋 「さっき、ここ数年の音楽活動がとても充実しているという話をしましたけど、その影響じゃないかと。まさに僕は今、青春時代真っ盛りというくらい、いい感じで音楽に向き合えているんですね。だから青臭いと思っていた〈スタイル〉も、今歌ってみてしっくりきたんだと思います。レコーディングの時も “これ40代の歌じゃないよね” “声が20代みたいだよね” といった具合にエンジニアさんとも話していたくらいで(笑)。今なら何でも歌える気がするんです」
──わかりました。曲名についてはいかがですか?
高橋 「特にないんですけど、図らずもスタイルというものを否定するようなフレーズが歌詞の中にあって、それが今の自分にフィットしましたね」
──自らのスタイルを否定するというのは?
高橋 「例えば『夜に生きるもの』で僕のことを好きになってくれた方は、多分シリアスなイメージ、ダークな印象を気に入ってくれたと思うんです。もちろんその方向性を続けていきたい部分もあるし、でも "同じことを繰りかえす・・・それは違うんじゃないか” と心のどこかで思う自分もいるんです。それでこれまでとは違った感じの自分を見せていくことにしたんですよね。それを〈スタイル〉という曲が象徴しているんです。あと普通のラヴソングだと思っていた歌詞に、とても強い一面があることに気付いたり、曲との良い再会でもあったんです」
──そうなると「スタイル」をあえてアルバムタイトルに決められた理由がわからなくなってきました(笑)。今日のお話を伺うまでは“このアルバムが20年間の高橋徹也を象徴した、高橋スタイル、生き様”という意図を伝えたいのだろうと考えていたんです。でも近年の作風とは少し違いますし、いわゆるベスト盤に見られるようなキャリアを総括したものでもないですし・・・。
高橋 「今回のタイトルもそうなんですけど、最近はわりと本能的な感覚で決めているんです。ノリで付けたと言うと語弊があるんですけど。今回は “これが自分のスタイルなんだ” という部分を見せながら、でもそんなスタイルなんて実は意味がないんだよと。そこに固執していてはダメなんだというアンチ・スタイルの意図を含んだダブル・ミーニングなんです。それが今の高橋徹也のスタイルだということですね。ややこしいですけど」
──「スタイル」を聴いたときに、僕はデビュー当初の高橋さんを思い出したんですよ。キャッチーでポップな一面があって。でもそれは近年の高橋さんが生み出す音楽とは方向性が違うものだと捉えていたんです。どちらかというと近年はより複雑に、よりオルタナティヴな方向に、あえて向かっていた印象なんです。ライヴでも昔の人気曲をあえてやらなかったりしていた時期もあったじゃないですか? それが近年少しずつやるようになってきたこともあって、ぐるっと一周されたのではないかと。
高橋 「原点回帰という言葉がありますけど、それに近いかもしれませんね。それで言うと前作の『The Endless Summer』にもその傾向があったと思うし、それがさらに如実に表れたのが本作なんだろうと思います。得意なことをやろうという気持ちが最近常にあって、前作だと70年代だったりAORを意識したフォーマットでやりましたけど、今回はもっと80年代から90年代初期のイメージがあって、やっぱり俺はこういうのが得意なんだ、というのを感じながら作りましたね」
──AORもそうですし、4ビートのジャズ・アレンジの曲も高橋さんの得意分野だと思っていたのですが。
高橋 「そうですね。4ビートで言うと今回は〈真夜中のメリーゴーランド〉がジャズ・アレンジで近いと思うんですけど、それもジャズ・ミュージシャンがやるジャズではなくて、80年代のジャズ好きなポップス・ミュージシャンが奏でる音楽になっていると思います。一方で〈夕暮れ星〉や〈花火〉は全くタイプが違いますし、これといった傾向があるようでないのかもしれないですね」
──そういえば、曲によっても歌い方を変えられていますよね?
高橋 「ヴォーカルのレコーディングをするにあたっては、ハンバート・ハンバートなどに長く関わっているエンジニアの上野洋さんと結構議論したんです。僕はいつも過剰な情感を出さないよう、起伏を抑えるように歌おうとするんですね。ライヴの時はさすがに抑えきれないんですけど・・・レコーディングでは過剰なテンション、感情表現を抑えるのが自分のスタイルなんです。なぜなら過剰な表現は他人が曲を聴く時に邪魔をしてしまうんじゃないか、楽曲本来の良さを損なってしまうんじゃないかと考えているからですね」
──曲の良さを損なうというのは?
高橋 「曲のピュアな部分・・・それが過剰な表現によって失われると思っているんです。だからこれまでの作品で歌うときは意識的に感情を抑えてきました。でも今回はそのリミッターを外して歌ってみるのもいいんじゃないかと思って。特に〈花火〉はすごく良く歌えたという自負があります。時間もほとんどかからなかったですし」
──「花火」は抑揚もそうですが声質も含めて今までと違う一面を伝えたいのだろうと感じていたのですが。
高橋 「確かに、一歩踏み込んだ気分でやりましたね。あとは〈真夜中のメリーゴーランド〉ではライヴ並みにテンションを高く上げてやってみたんです。スタジオ・レコーディングの場合、テンションを上げ過ぎてしまうと他の楽器アンサンブルとの温度差が悪い方向に働いて、良い結果にならないケースがあるんですけど、今回はすごくハマりました。アルバムの曲調はデビュー当時の印象があるかもしれないですけど、自分自身のスキルは20年前と比べたら数段上がっているはずですし、サポートメンバーの演奏力が高いこともあって、全く違うものになっていると思います。レコーディングも何もかもが早かったですからね。40代なりの・・・色々あったんだね、という部分はちゃんと反映されていると思います」
──制作はどのように行われたのですか?
高橋 「最初の2ヶ月で11曲分のベーシックを録って、後から僕の担当するギターや歌などを差し替えていくという至ってシンプルな作り方ですね。ただレコーディングを半年も中断したのは初めてだったんですけど、それが良かったのかもしれないなと。去年はデビュー20周年記念として『夜に生きるもの』の全曲ライヴをやっていて、今回のアルバムとはテンションがかなり違っていたんです。だからもし同時期に並行してレコーディングをやっていたら、曲が整理つかないというか、ごちゃごちゃになっていたかもしれなくて・・・リリースを今年にずらしたことは結果的に成功だったと思いますね。ライヴはライヴでしっかりやりきって、アルバムはアルバムでという流れにすることができたので」
──今回は久しぶりのフルアルバムじゃないですか? 最近はミニアルバムが主流になってきていますけど、パッケージや形態について何かお考えなどはありますか?
高橋「フルかミニかといった拘りはないんですけど、長さ、分数についてはあるんですよ。僕は基本的に40分以内に抑えたいなと考えているんです」
──それはレコードを意識しているからですか?
高橋 「レコード大好きなんですよね。CDでリリースしますけど、いつかアナログでも出せたらいいなと思っていて。あとは自分が真面目に聴いていられるのが40分くらいだからですね(笑)。それとフォーマットに関連してくることでいうと、今回のアルバムは10曲入りで税抜2,000円なんです」
──実は資料を見たときにびっくりしたんです。てっきり資料の記載ミスじゃないかって思ったくらいですから(笑)
高橋 「これは自分なりに思うところがあって・・・CDの適正な価格ってどれくらいだと思いますか?」
──今回のようなフルアルバムの場合は2,500円から2,800円が妥当かなと思いますね。高橋さんの世代であれば従来の3,000円でもいいとは思いますけど。
高橋 「僕らの世代だとだいたい洋楽の輸入盤は2,000円、邦楽は3,000円だったんです。だけど音楽配信もある今の時代にそれが適正なのか、買いたくなる価格なのかすごく悩んだんですね。僕は配信などあまり詳しくはないんですけど、ダウンロードの場合1曲180円から200円くらいが相場だから10曲だと2,000円くらいですよね。もしCDが3,000円だとすると、僕のワンマンライヴの料金は3,500円だから、ライヴに来た方に買っていただく場合、なんだかんだで7,000円近くになってしまいますよね。二十歳そこそこの若いリスナーにとってこの金額ってなかなか出せないと思うんですよね」
──確かにそうですけど、高橋さんはキャリアもあるし中心となるリスナー層を考えたら別に今までの値段でもいいとは思うんですけどね。
高橋 「それも一理あるんですけどね。ライヴはスペシャルなものだからいいと思うんです。でも日常的に聴いてもらいたいCDはもっと身近なものにしたいなと思ったんです。10曲で2,000円だったら、僕にあまり興味がない人でも買ってくれるんじゃないか、幅広い人に手にとってもらえるんじゃないかと思って今回決めた金額なんですよね」
──若手の新人バンドだったらともかくキャリアのある高橋さんがこの値段にしたのはある意味画期的な気がしますね。普段配信で買っている人も、同じ値段だったら歌詞カードもついているCDを買った方がいいよね、と思うでしょうし。
高橋 「メーカーの人からも “値段が間違っているので直しておきましょうか?” と言われました(笑)」
──大丈夫なんですか、って余計な心配をしてしまうくらいです(笑)。
高橋 「大丈夫です、心配しないでください(笑)。僕は今自分でライヴのブッキングから何から何までやっているんですね。その分色々と大変なこと、面倒なこともあるんですけど、ライヴ会場での販売を中心にしていることもあって、いわゆる中間マージンが発生しないんです。僕は’12年から自分でアルバムを制作するようになって、この5年間で4枚のアルバムを作ったんですけど、毎回、次回作のレコーディング費用に充当できる程度の販売はできているんです。最近はインターネットを通じて僕のことを知ってくれた若い方、大学生や社会人になりたての方が結構増えてきたんです。すごくありがたいことで、そのような方にも手にとってもらいやすいものにしたいと思っています」
──新しいファンが増えることはいいことですよね。なかなかできることじゃないですよ。
高橋 「僕もいわゆるベテランと呼ばれる年齢に入ってきているんですが、まわりを見ると一緒に歳を重ねてきたファンの方だけに向けて作品を作っているような空気が結構あるんですね。そうなると内輪向けの予定調和になってしまうじゃないですか?僕はそれが良くないなと思っていて。もちろん長く応援してくれる方は戦友のような存在です。ただファンの方は何を聴くのも自由ですからね・・・だから若い人にも聴いてもらうことでリスナーのすそ野を広げたいんです」
──高橋さんのCDは確かAmazonでも買えましたよね?
高橋 「そうですね。思っている以上にAmazonで買ってくれる人もたくさんいます」
──ネットで知ってAmazonで買うという流れができているんでしょうね。
高橋 「だと思いますね。ライヴやって実演販売するにも限度がありますから。通信販売にはかなり助けられてます。一方でレコードショップとの関係にはあまり手が回らなかったので、今後はお店との繋がりも増やしていきたいですね」
──高橋さん、もしかして前作から本作までの間にプライベートで何か大きな変化がありましたか?
高橋 「特筆すべき出来事はないですけど・・・どうしてですか?」
──歌詞の傾向が前作までと大きく違うんですよね。冒頭にも少し触れましたけど、’13年以降の近年の作品では、何よりも「物語性」を重視されていましたよね。その物語には、世の中に対する気持ちや風景描写を取り入れたものが多分に含まれていたし、歌い方にもそれが如実に表れていたんですよね。
高橋 「確かにそうですね。特に『大統領夫人と棺』は、わかりやすいですよね(笑)」
──ところが、今回のアルバムは物語性も残っているのですが、男女間の付き合いや恋愛、男性目線による男の気持ちがたくさん歌われているんですよね。
高橋 「それは一人称の歌が多いからでしょうね。これまでアルバムの中に1曲だけ入っているような一人称の歌が、今回は全体に広がっていたということかもしれません」
──何かしら思うところがあったのかなと。
高橋 「・・・最近強く思うことがあるんです。曲を作る時期というのは色んなタイミングであるんですけど、それぞれの曲が成就するのは曲ができた時ではないんだな、と。特に〈スタイル〉や〈雨宿り〉など、昔作った歌を今回レコーディングするにあたり、絶対に違和感を覚えるだろうなと思っていたんです。作った時と今では全く自分の気持ち、曲に対するモチベーションや状況が違いますからね。でも実際やってみて、逆に今だからこそ相応しく感じられたんです。過去の自分が未来の自分、つまり現在の自分を予見していたかのような感覚に襲われたんです。昔の自分に励まされる、元気付けられるような気持ちにもなりました。特にヴォーカル録音、歌入れの時にそれを強く感じましたね」
──昔作られた曲に自分が追いついたというか、フィットしたのが今だったということですか?
高橋 「そうですね。それで今回をきっかけに、改めて作曲、音楽を創ることってすごく面白いことなんだと気付いたんです。現在進行形で作っている曲の中にはボツになり、ライヴでもやらないようなものがたくさんあるんです。それでももしかしたら数年後にハマる瞬間があるかもしれないなと思えるようになったんですね。自分の作った曲が現在から未来に託した手紙になっているんじゃないか、そんなことを思いながら最近は曲を作るようになりました」
──いい意味で時代性を感じさせない音作りになっているのは、そのような思考が音楽にも表れているからかもしれませんね。
高橋 「例えば今回も宣伝材料として80年代というキーワードを挙げたりするんですけど、よく聴いてみるとそこまで80年代ではないですしね。他人に伝える時に感覚として伝わりやすいから使いますけど、それくらいですね」
──高橋さんはSNSでも発信されているように、数多くの洋楽アーティストの影響を受けていらっしゃいますよね。特にイギリスのスタイル・カウンシルには多大な影響を受けたそうですが?
高橋 「リアルタイムではなかったんですけどね。僕が二十歳の頃に渋谷系と呼ばれるムーヴメントがあったんです。渋谷系と呼ばれるミュージシャンが聴いている音楽を紹介している本もあって、そこで知ったんですよ。エブリシング・バッド・ザ・ガールやベン・ワットなど、ネオアコやギターポップ周辺、特にスタイル・カウンシルは好きでよく聴いていましたね。ポール・ウェラーはその前にジャムというバンドをやっていたし、僕の波長にとてもフィットしたんです。お洒落なんだけどキメすぎず、それでいて根っこにはロックがあって・・・彼のスタイルが好きだったんです」
──音楽だけではなくファッションも?
高橋 「そうですね。服装や見た目にもかなり影響を受けましたね。当時僕は服飾の専門学校に通っていて、モッズやアニエス・ベーのカーディガンにベレー帽といった格好もしてましたね(笑)」
──音楽面では?
高橋 「音楽面では・・・すごく失礼な言い方なのかもしれないのですが、いい意味での “フェイク感” が良かったんです。ロックバンドあがりの人がジャズやソウルをやっている感覚、少し背伸びしている感じが良かったんです。それが当時の自分と重なったのかなと。自分も40代になって、やっぱりこの背伸びした感じが好きだなということに気付いたんです」
──一時期お休みをされていたとはいえ、毎年のように作品を発表し続けているのはすごいですね。高橋さんのようなベテランになると、音楽制作のモチベーションを落とす方も多いんですよ。インディーズでは締切もないじゃないですか?だから日常生活に忙殺されてしまい、リリースに間が空いたり、制作意欲をそがれてしまうミュージシャンもたくさんいらっしゃいます。
高橋 「幸いなことに今の僕はやりたいことがたくさんあるんです。来年、再来年はこうしたい、というのがあるので。あと・・・東日本大震災の影響も大きかったと思いますね。あのあと日本の空気は一変したし、それを踏まえて自分でも何かできることを、音楽を作って発信していきたいという気持ちも芽生えたし」
──わかりました。少し話は変わるんですけど高橋さんはマイルス・デイヴィスの「For me, music and life are all about style(私にとって、音楽も人生もスタイルがすべてだ)」の言葉に感銘を受けられていて、本作にも影響があったそうですね。
高橋 「15年以上前だったかな・・・“スタイル” という言葉は、特に音楽をやる上では本来不必要なものというか、囚われてしまうものだと思っていたんです。でもあのマイルス・デイヴィスが言うんだからそりゃ間違いないだろうって、ただそれだけなんですけどね・・・すごく勇気付けられる言葉です。だから “スタイル” という言葉を使う時は背筋が伸びる感じがするんです」
──その “スタイル” を今回アルバム・タイトルにしたわけですから、今まで以上に気合が入っているということですか?
高橋 「よりポップに、大衆に向けて自分を発信して、音楽を聴いてもらいたいなという意志表示ですね。ここ最近のライヴでの手ごたえ、拡がりなども踏まえて、次のステージにステップアップして行きたいです。CDの販売枚数も伸ばしていきたいし」
──よりポップにより拡がりを求めて・・・何かきっかけがあったのでしょうか?これまでの高橋さんからは想像もしない言葉だったので。
高橋 「実はサポートでお世話になっているベーシストの鹿島達也さんの言葉で後押しされたんです。去年20周年ライヴで名古屋に遠征したんですが、ものすごく盛り上がったんです。その打ち上げでベーシストの鹿島さんから “すごく良いライヴだったけど、来年は次に進まなきゃダメだよな” と。“これからは、ただひたすら良い歌を作って歌う、そこを目指していかないとな" と、そんな言葉をかけてもらいました。何かの本や映画とか、余計なバックボーンや予備知識を持つことによって楽しめる音楽ではなく、一聴して圧倒するような曲の良さ、歌詞の良さを、誰もがわかるやり方で歌えたらいいんじゃないかと・・・それって一番難しいことなんですけど、その通りだなと思って。だから今回のアルバムは、その足がかりとなる1枚にしたいなと思って挑んだ作品でもあるんです」
──なるほど・・・でも高橋さんにとってずいぶんと思いきったことではないですか?
高橋 「長年やっていて気付いたんですけど・・・ “個性的な、ひと癖あるシンガーソングライター” ってある意味簡単なんですよ。もちろんそれを否定したらこれまでの自分は何だったんだと・・・なってしまうんですけど。でも個性的なシンガーソングライターという立場はもう確立できていると思うし、何より “普通に良い” と誰もが思える曲を書くことは本当に難しいことなので・・・。だからこそチャレンジしがいがあるし、今の自分だったら挑戦してもいい年齢になったんじゃないかと。それができたら・・・あとはイギー・ポップみたいになるしかないですね(笑)」
──ありがとうございました。
『Style 2017 "After Hours"』
日時:2017年12月1日(金) open 18:30 start 19:00
会場:東京・下北沢風知空知
出演:高橋徹也 with 鹿島達也(b) sugarbeans(key)、脇山広介(dr)、 宮下広輔(pedal steel)
料金:前売り 3,500円/当日 3,800円
予約:yoyaku@fu-chi-ku-chi.jp (公演名/日時/氏名/枚数/電話番号を明記の上、お申し込みください)
※満席のため立ち見でのご予約を受付中です
関連リンク
掲載日:2017年10月27日