このエントリーをはてなブックマークに追加

黒沢健一 遠山裕×江口譲二対談 2人が語る黒沢健一の魅力

2016年12月5日、オフィスで仕事をしていたときに舞い込んだ訃報・・・決して忘れることのできないあの1日・・・社会人になり十数年経つ筆者にとって初めてオフィスで泣いた日でもあった。脳腫瘍で惜しまれつつ他界した天才ロックンローラー黒沢健一(L⇔R、MOTORWORKS)その人は、多くの仲間と家族を残して一足早く旅に出かけてしまった。あれから1年・・・この間に彼が仲間とともに残してきた記憶と記録が少しずつ世の中に出ることになる。彼がデビューしたL⇔R時代音楽作品はレーベルの垣根を超えて再・リリースされたし、廃盤となっていたMOTORWORKSもファンの熱い要望に応えるかたちでコンプリートベストとして復刻、お蔵入りになっていたL⇔R時代の貴重なライヴ映像も次々とリリースされた。25年前のバンドの映像がオリコンで首位を取るなど、誰もが予想しなかったほどの結果を残した。これは想像以上に彼の存在感が大きかったと言える証左でもある。

 

そんな彼のソロ・ワークスにおける最も大きかったコンサートシリーズが今回映像化された「グローヴ座」である。結果として6年続くことになるこのコンサートは、毎年違う趣向を凝らすことでファン・リスナーを楽しませることになり、それが彼のアーティストとしての様々な一面を引き出すことにもなった。この貴重なライヴ映像がリリースされるということで、今回は長年の音楽パートナーであった編曲家・キーボディストの遠山裕と、近年の彼のマネジメントを手がけている江口譲二の2人と一緒に、彼の残した軌跡を追いかけてみたい。

 

インタヴュー・テキスト 黒須 誠

撮影 塙 薫子

※パソコンをお持ちで通信速度・通信容量を気にしなくてもよい方は、新たな試みとしてこちらの背景を動画にしたβバージョンもお楽しみください。都合上記事が一部読みずらいのと、こちらは動画をループ再生していますので10分程度で100MB以上といった大容量を消費します。通信容量制限のある回線料金プランの方は、重々ご注意ください。なお仕様上大半のスマートフォン等では動画は再生されません。パソコンでお楽しみください。記事本文はどちらも同じです。

Information

黒沢健一

TOUR without electricity 2009 Strings Quartet Special THEATER version reprise at The Globe Tokyo

2017年10月25日リリース

オフィシャルサイト商品ページ

※本商品はオフィシャルサイトの通信販売のみとなります

収録曲

Love is real?

7voice

Package

Keep the circle turning

September rain

Remember

Equinox

Northtown Christmas

Talk show

アイネ・クライネ・ナハト・ミュージック

Maybe

Walking on a rainbow

Scene39

Society's love

Knockin' on your door

What is this song?

Wondering

Game

Hello it's me

Grow

God only knows

 

bonus video (from the concert titled "Alone Together" 2012) 

Holdin' out

Ding dong bus

Northern town

 

Musicians

Vocal, Acoustic Guitar: Kenichi Kurosawa

Acoustic Piano, Backing Vocal, Strings Arrangement: Yutaka Tohyama

La La La Strings:

1st Violin: Yoko Fujinawa

2nd Violin: Kana Yamato

Viola: Natsue Kameda

Cello: Azusa Haraguchi

“あんなに難しい楽曲を提供して大丈夫なのか?”という・・・余計な不安が頭をよぎったくらいで(笑)(遠山)

──早速なんですが、遠山さんと健一さんの出会いから教えていただけないでしょうか?

 

遠山裕(編曲家/Key) 「確かL⇔Rを結成する少し前ですね。健一君と秀樹君の兄弟バンドがデビューすることになったから外注のアレンジャーとしてレコーディングを手伝ってほしいと依頼があったのが最初です」

 

──それはポリスターさんから?

 

遠山 「うん、岡井大二さんの紹介で会いました。L⇔Rがまだ2人だけのころですね」

 

──初めて聴いた曲を覚えていますか?

 

遠山 「ええ、僕が聴いたのは〈7VOICE〉のデモだったんですよ。デモだから音質はあまりよくなかったんだけど、とにかく不思議な作りの旋律でね。こんな複雑な歌を歌うのかという、驚きが最初にありました。“健一君はどんな人なんですか?”と訊いたら、“この子(健一君)はソニーとかで楽曲提供をしている人なんだよ”という説明がありましたね。“あんなに難しい楽曲を提供して大丈夫なのか?”という・・・余計な不安が頭をよぎったくらいで(笑)」

 

──以前ポリスターで音楽プロデューサーを務められていた牧村憲一さんに伺ったところ、当時牧村さんは彼らのデモを一聴して決めたそうです。60年代の洋楽志向で、洋楽をリスペクトし自分たちなりに昇華した楽曲が面白かったと。

 

遠山 「当時はその波がまだ来る前でしたからね。L⇔Rが出てきてしばらくしてMr.Childrenとかも方向転換をしていましたし。当時はまだみんな80‘sの名残を引きずっていて、60‘sの匂いを出そうなんて誰も考えていなかったんですよ」

 

──わかりました。次に江口さんと健一さんが出会ったきっかけについて教えてください。

 

江口譲二(Manager) 「僕が健一君を知ったのは94年だったかな、大晦日に渋谷公会堂で行われたイベント、ライヴDI:GAを観たときですね。たまたま別のバンドの仕事で現場にいたんです。L⇔Rの曲調が他のバンドと違っていて面白かったのと、もともとハイトーンのヴォーカルが好きだったこともあって興味を持ったんですよ。あとL⇔Rのスタッフに知り合いがいたこともあって」

 

──江口さんはインターブレンドで健一さんのライヴ制作はじめ、近年はマネジメントもされていますが?

 

江口 「そうなんですけど、実はインターブレンドが出来る前にインターブレンドとグループ会社のプロマックスというコンサートやイベントの制作会社の元社員で、後にインターブレンドの社員になる人が当時L⇔Rの制作に関わっていたんです。L⇔R最後となったダウト・ツアーのDVDのリリースがこの前ありましたよね? あのツアーの制作です。その後健一君のソロライヴの制作もしばらくはその人がインターブレンドに移って担当していたんですが、ある日僕が会社の倉庫に湯川トーベンさんのベースアンプが置いてあるのを見つけたんです。なんでこんなところにトーベンさんのベースがあるんだとその元社員に訊いたら、実は健一君のバックをトーベンさんがやっているんですよ、という話を聞いてね。それで”黒沢健一ソロ”にもすごく興味があったし”子供バンド”も大ファンでしたから、一度ライヴを観てみたいなと思って2ndアルバム『B』のツアーを観に行ったんです。東京公演のスケジュールが合わなかったので、心斎橋クアトロまで行きました。そのライヴがすごくよくてね。その会場で初めて健一君とも話をしたんです。健一君のライヴすごくいいなあと周りに話をしていたら、当時の健一君のマネージャー、r.p.m.の栗山さんから“そんなにいいと思うんだったら是非やってくださいよ”と言われて僕が彼のライヴ制作をやることになったんです。『NEW VOICES』のツアーからですね」

 

──遠山さんと江口さんはどこで出会ったんですか?

 

遠山 「まさにその『NEW VOICE』のツアーのときですね」

 

江口 「遠山さんとトーベンさんと岡井さんと菊池君がサポートメンバーだったんですよ」

 

──ライヴ制作を担当されていたということで、健一さんのライヴの魅力は何だと思われますか?

 

江口 「ライヴに限ったことではないんですけれど、とにかく曲がいいんですよね。とにかく曲がよくて声がいい。それが最大の魅力でしたね」

 

──遠山さんはいかがですか?

 

遠山 「健一君の魅力・・・やっぱり彼が作る旋律や彼の声だと思いますけどね」

 

──25年以上も一緒に仕事をされてきましたが?

 

遠山 「僕がなぜこんなに長い間健一君と一緒にいたか・・・彼はものすごく人見知りだったからね。交友関係をあまり広げようとしないところがあったんですよ。それでたまたま選んでくれたのが僕だったわけで。何をするにも一緒にやっていたというか」

 

──まるで夫婦のように二人三脚で音楽をやってこられましたよね。ポリスターからポニーキャニオン、そしてソロとレーベルやバンドの枠を超えて一緒にやられていたので。

 

遠山 「あくまで僕は外注される立場だということと、僕はレコード会社などに所属していたわけでもないので、いわゆる社内政治的なものとも無縁でしたからそれがよかったんでしょうね。健一君とは個人と個人の付き合いだったんですよ。あとは健一君のやりたいことを僕もやりたいなと思ったし、それで気に入ってくれていたんでしょうね。僕ら編曲家の立場では、こちらからアーティスト側に対して要望などを出すことなんてできないんです。あくまでアーティスト側からオファーがあって初めて成り立つ商売なんですね。偶然だけど健一君と僕は同じ方向を向いていたんですよ」

遠山裕
遠山裕

「Grow」をCDと同じように再現したくて弦カルテットを取り入れました(江口)

──10月に発売されるDVDについて。数あるライヴの中でこの『TOUR without electricity』をリリースすることになったのは何故でしょうか?

 

江口 「この時のライヴをたまたま撮っていたのと、映像作品として世の中に出していなかったからですね。この映像は前の事務所のr.p.m.時代のものなんですが何故かリリースされていなかったんですよ。このときのライヴってものすごくよかったじゃないですか? 僕としては世の中に出て欲しかったというのもあって、それで栗山さんに相談をしたんです」

 

──他にもリリース候補のライヴはあったんですか?

 

江口 「映像を撮って出していなかったのは、今回のグローヴ座と世田谷パブリックシアターのときのやつだけなんですよ。プログラムは基本同じものなので、出すとしたらどちらか片方か編集して混ぜこぜにしたものを出すか、いずれかなんです。グローヴ座のほうが曲数も多かったしツアーファイナルであったこと、そして何よりもその後のグローヴ座のシリーズにつながるライヴだったのでこちらがいいんじゃないかと」

 

──映像を拝見するとソロ曲はもちろんL⇔Rの楽曲もありますし、お茶目なダウト君も登場したりと、新しいリスナーも往年のファンも楽しめる内容になっていました。ところでこのツアーは遠山さんと健一さんの2人によるアコースティック編成で全国を周られたツアーでしたよね。それまでのバンド編成からミニマムな2人編成でライヴ・・・どのような背景があったんですか?

 

遠山 「世間的に健一君がお休みをしていたように見えた時期がしばらくありましたよね。それで久しぶりにアップルストアでイベントをやることになったんですけど、会場のステージが広くないこともあって、じゃあ2人でやってみようかということになったんですよ。実は2人編成でやるのはこのときが初めてだったんです。L⇔Rのときからどちらかというとサウンドが足りないからどうやって厚みを出そうかと、そんなことばかり考えていたので」

 

──2人用にアレンジし直すのは大変だったんじゃないですか?

 

遠山 「ありがたいことに、ほとんど僕が手がけた曲ばかりだったので(笑)、ライヴもわかっているし、各楽曲で必要な音が何なのかもわかっているからそこは助かりました」

 

──アップルストアのライヴが好評だったから、その後も2人でやることになったんですか?

 

遠山 「いや、そういうわけではないですね。あくまでそのときのイベント用でやっただけなので。ただ本人としても2人でやることにそれなりの手ごたえは感じていたんでしょうね。翌年の「TOUR without electricity」ではあちこち2人でまわりましたから。このツアーで慣れたのか、以降2人でやるときは緊張もしなくなったみたいで」

 

──そういえば今回のDVDでも2人のときと弦カルテットがいるときでは健一さんの雰囲気が違いますよね。

 

遠山 「でもMCではちゃんと健一君もお話していますけどね」

 

江口 「確かに(笑)

 

──話に出た弦カルテット、LaLaLaストリングスさんが参加することになったのは?

 

江口 「ヴァイオリンの藤縄さんとチェロの原口さんは以前から別の仕事でも一緒にやっていた人で、2人にカルテットをやりたいからと頼んだんですよ。それで紹介してもらったのが大和さんと亀田さんです」

 

──弦カルテットを発案したのは江口さんですか?

 

江口 「そうなんです。一つ前のアルバム『Focus』のツアーのときに「Grow」をやったんです。この曲はストリングスがとても映える曲なんですけど、そのときのステージでは遠山さんのキーボードにあわせて健一君が歌ったんです。でもライヴを観ているときに僕の頭の中では、ステージでは鳴っていない原曲にあるストリングスが聞こえてきたんですよね、脳内補完されて・・・やっぱりこれをCDと同じ環境で再現したいなと思って、でもこの1曲のためだけに弦カルテットを入れるのももったいないなと。それで『TOUR without electricity』のステージセットにストリングスを入れるかたちで再現できないかと思ったんですよね」

 

──弦カルが加わったことで、新しい健一さんの魅力が引き出されましたし、とても興味深い試みでした。これがDVDで観られるのはL⇔R時代の、ロックバンドのステージしか知らないリスナーにとって、楽しみの一つになりそうです。

今回の映像は芸術作品だと思うんですよ。特に「EQUINOX」からの流れが最高なんです(江口)

──DVDの編集はどのように行われたのでしょうか?

 

江口 「当時撮っていたシューティング・ディレクターと編集ディレクターが同じ人なので、まず彼なりに一度編集してもらったものを見せてもらって、そこから手直しをしていきました。カメラも8台くらい使っていたんですけど、切り替えが多いと見づらくなるので、音楽に合わせてディレクションを行いましたね。当時はブレる映像が流行っていたんですよ。ライヴの躍動感を生み出すためにブレた映像を使うことも多かったんですけど、健一君のあの落ち着いた雰囲気を出すために今回の編集では一部を除いてブレた素材はなるべく使わないようにしてもらいました。ロックンロールな曲、例えば〈Talk Show〉では少しブレていても味になると思って残しましたけどね。勢いも感じられたので」

 

──映像を見る限りこれはノーカットですよね。

 

江口 「はい、ノーカットです。全編収録しました。音もマルチトラックで録音していたのを今回のためにきちんとミックスをやってもらったので聴きやすいものになっていると思いますよ」

 

遠山 「音の修正も一切していないんですよ」

 

江口 「今回に限らずこれまでの健一君のライヴDVDについては修正を一切していないんですよ。間違った演奏もそのままですね、それがライヴなので」

 

──DVDで観るのとライヴ会場で観るのはまた違うものじゃないですか。今回の映像を観たときには、懐かしさも感じたんですけど、とても音が聴きやすく楽しめたんですよ。

 

江口 「そうですね、ライヴだと観る場所によってどうしても変わってしまいますから」

 

──ミックスエンジニアは、近年の健一さんの作品を手がけられている永井はじめさんです。

 

江口 「永井さんには『Focus』以降の健一君の作品をすべてお願いしているんですよ。今年出したL⇔RのDVDのミックスも彼に頼んだんです。近年の健一君のことを理解しているエンジニアなので安心してまかせられるんですよ」

 

──完成した映像をご覧になられて、見どころはどこだと思いますか?

 

江口 「全部ですね」

 

一同 (笑)

 

──まあ、それはそうでしょうけど・・・。

 

遠山 「自分に関しては反省ばかりなんですけど(笑)、リスナーの方からしたらとても楽しめるものになっていると思いますよ。派手な演出に頼っているわけでもないし、目まぐるしく映像が切り替わっていくものでもないし、集中して観られる作品になっていると思いますね・・・自分の演奏は除いて(笑)」

 

江口 「特に〈EQUINOX〉からの流れが最高なんですよ」

 

──春夏秋冬というか、季節感を意識した流れですよね。

 

江口 「そうそう、これがこのライヴの見せ場ですね・・・僕は思うんですけど、音楽って商業的なものでじゃないですか。僕らは音楽を作ってそれでお金もらって飯を食っているわけで。だけど今回の健一君の作品は芸術作品だと思うんです。シンプルに音楽だけを楽しめる作品になっていて、最近こういうのはなかなかないと思うんです。僕は仕事柄、色んな現場に立ち会っていますけど、メジャー・メーカーでこんな撮り方をしたら本気で怒られますからね。こんな暗い照明で撮ったら売り物にならないって言われるので」

 

遠山 「でもこの照明の塩梅が、弦カルテットの雰囲気と絶妙にマッチしているんです」

 

──映像を拝見したときに、健一さんの新たな魅力が伝わる1枚だと強く感じたんですよ。今年出たL⇔Rの武道館とNHKホールのライヴDVDはバンドサウンドの熱いロックンロールだったのに対し、今回はしっとりとしたアコースティックライヴなので、続けて見ても飽きなかったんです。

 

江口 「ソロで出している2枚のDVDもバンドスタイルなんですよ。長年ファンを続けている人たちはこのグローヴ座のスタイルも身にしみてわかっているわけで。このスタイルは健一君の一つの完成系でもあると思うし、だからこそ今回リリースしたかったんです。ステージセットを組んでちゃんとやったのは東京だけですし、この後6年続く原型になったライヴですからね。当時観られなかった人も多いだろうから、この機会に観てもらえたらね」

 

──それは素直に思いますね・・・当時のことで覚えていることはありますか?

 

江口 「チェロの原口さんが話していたんですけど、普通、ポップスの現場に弦カルが入ると、ポップスの後ろで普通に流れるように弾くことが多いんだけど、このときは聞いたことのない変わったフレーズばかりでとても楽しかったと言っていましたね。〈Package〉とかね」

 

──グローヴ座の演出もかなり凝られていましたよね。ステージの演出は江口さんが担当されていたと聞きましたが。

 

江口 「基本的には厳かな雰囲気にしようと思って考えました。12月だったしね。ステンドグラスを使うとやりすぎになってしまうから、何かいいものがないか探して見つけたのが後ろに使ったあの窓枠だったんですよ。あれに業界用語でたたみいわしと呼んでいるスクリーンを組み合わせたんです。このたたみいわしに映像をあてると少しボヤけていい感じになるんですよ。そこに雪を降らせたり、虹をかけたりしたんですね。ただ〈September Rain〉の影絵はとても綺麗だったから、それをたたみいわしに当ててしまうともったいないなってことになって、別のスクリーンを用意してそこに投影することになったんです。それで栗山さんからスクリーンがあるならダウト君も出そうよって話になったんです。当時僕はダウト君のことをよく知らなかったんですけどね(笑)。〈アイネ・クライネ・ナハト・ミュージック〉でダウト君を使ったのはそんな経緯ですね。スクリーンは普通映像を映すものだから、そこに照明を当てるという発想が面白かったんですよ。これはぜひ映像で確認してもらいたいですね」

 

──ちなみに当日のセットリストは健一さんが全て考えられたんですか?

 

遠山 「ええ、それはもちろん。毎回すごく考えて作っていましたよ」

 

──先ほど話に出た季節の流れていく様子がとてもグッときたものですから。

 

江口 「それで言うと世田谷パブリックシアターのときは、まだ10月だったので冬の、つまり〈Northtown Christmas〉はなかったんですよ」

 

──確かにそうでしたね。そういえばこの日は遠山さんの誕生日をみんなで祝いましたよね。健一さんの誕生日の歌、ハッピーバースデーの歌い方がやけにロックなんですよ。

 

一同 (笑)

 

遠山 「確かに、最後歌いあげる感じとか」

 

江口 「あれも、健一君が当日急にやるって言い出したんですよ。前もって言ってくれたらケーキくらい準備したのにね」

 

遠山 「あのときはステージで少しボケたんですけど、気づかずにスルーされたんですよね(笑)。でも映像を観ていて思ったんですけど、ステージは笑っているけど彼、かなり緊張していますよ。この日も終わったあとの疲れ方が半端なかったですからね。歌っているときも音程の最後まで神経を使っているタイプでしたから」

 

──健一さんは絶対音感を持っていらっしゃったんですか? それでピッチにこだわって歌っていたのでしょうか?

 

遠山 「そうですね、それがドなのかミなのか、何の音かはわかっていないかもしれないけど、音を聞かせたらすぐにその声を出すことはできていましたから、近いものは持っていたと思いますよ。ほんと歌に関しては繊細な人でしたから」

彼はわりと自分のことが好きだと思いますよ(笑)(遠山)

──DVDにはボーナストラックも収録されています。これがまたファンの間でも伝説になった2012年のグローヴ座の貴重な映像でした。

 

江口 「そうそう、一人ゴスペラーズをやったんですよね」

 

──これは予め映像を作った上で、演奏と歌を同期させたのだと思いますが、すごい無茶なことをやりましたよね(笑)。

 

遠山 「僕はクリックに合わせて演奏するだけでよかったんですけど、何といってもリハーサルが大変でしたね」

 

江口 「スタジオにモニターを全部持ち込んでリハーサルをやったんですけど、何故か音と映像が合わなくてね。何度もやり直しましたね。あと10曲くらいやったので、それの5人分の映像が必要だったから、健一君には50回くらい、歌ってもらったんです。撮り直しも含めたらもっと多いですけどね。アンコールでは衣装を変えることになったから、着替えて撮り直しをしたり。映像を作ったのが夏だったから、まだ物販のTシャツもできていなかったんですよ。だからなんとなくデザインが近いものを持ってきて撮ったりね」

 

──たった1回のライヴのためにそれだけの準備は大変だったと思いますが?

 

江口 「あとにも先にもこれだけのことをやったことはないですね(笑)。でも健一君がとてもノリノリだったんですよ。撮影が終わったあと、編集した映像をチェックしに新木場の倉庫まで一緒に見に行ったんですね。モニターを並べて映像を出したとき、まるで子供のようにワクワクしていましたね」

 

──でも、見ている映像は・・・全部自分ですよね。

 

一同 (笑)

 

江口 「5人いる自分を観て喜んでましたよ(笑)」

 

遠山 「彼はわりと自分のことが好きだと思いますよ(笑)」

 

──わかりました(笑)。ボーナストラックの3曲はどのように?

 

江口 「1曲は遠山さんと一緒にやっている歌、1曲が楽器なしで歌だけで構成された曲、もう1曲は画作りとして面白いものをチョイスしました」

 

──衣装の雰囲気も似ているので、一瞬本編のアンコールにも見えますけど、全く違うライヴのものなんですよね。これはファンの方だけではなく、多くのミュージシャンにも見てもらいたいですね。それと本編のダブルアンコールで気になったことがありまして。最後にビーチ・ボーイズの「God only knows」のカヴァーされましたよね。健一さんはあの歌をマイク無しのアカペラで歌っていたんですけど、今回の映像にはちゃんと歌も収録されているんですね。これは?

 

江口 「このダブルアンコールが収録できたのは奇跡なんですよ。おっしゃるように健一君はアカペラで歌ったからマイクを持っていないんです。ピアノはマイクを立てていたから録音できたんですけど、実は健一君の歌を録っているマイクが一本もなかったんですよ」

 

遠山 「え、そうなんですか?」

 

──会場全体の雰囲気を録音するためのマイクがあるじゃないですか?あれで録音したのかなと思ったんですけど。

 

江口 「ありますけど、あのダブルアンコールは突然のことだったから、そのマイクの回線も生きていなかったんですよ。でもたまたまステージの下手にいたカメラのマイクが健一君の歌を拾っていたんです。だから映像の編集エンジニアから、音が残っていたという連絡を受けたときは嬉しかったですね。だからこの曲だけはカメラのマイクの音を採用しているんです」

 

──ラッキーというか奇跡だったんですね。あのアカペラにはみんな心動かされましたし、健一さんの真骨頂でもありますから、残っていてよかったです。

いやね、健一君がさ、生き生きとしているんだよね。あれを見ちゃうとさ・・・あそこにいたんだよね、一緒にね・・・いやあ、まいったね・・・(遠山)

──遠山さんは、例えば〈Land of Riches〉や〈直線サイクリング〉、〈Rock’n’ Roll〉のように健一さんの歌に合わせて転がるような弾き方もすれば、〈Wondering〉や〈Grow〉のようにしっとりと落ち着いた音色で質感を出されたり・・・健一さんの音楽を上手に汲み取って演奏されていることが聴き手にもよく伝わってきて、本当にいいパートナーだったんだなと感じるんです。ソロになってからはより関係が密になったような印象があります。

 

遠山 「これまであまり表には出していなかったんですけど、ソロになってから一定期間一緒にデモを作っていた時期があったんですよ。毎日のように一緒に作業していた中で、単語のやりとりでこういったらああだよね、というのをさんざんやったんです。その間に関係が培われたんじゃないかな・・・L⇔Rのときは彼が忙しすぎて、デモを煮詰める時間はあまりなかったんです。現場のスタジオに行ってその場でアレンジをしてというくらいで。L⇔Rのときは制作だけじゃなくて、取材を受けたり撮影に駆り出されたりと音楽以外のところで時間を取られていましたからね」

 

──同じような話をこの前秀樹さんも話されていました。プロモーション活動が忙しくて制作の時間がなかなかとれなかったらしくて。

 

遠山 「そうそう、気がついたら楽器弾いてないじゃん・・・そんなこともあったと。本当に彼らは忙しかったんですよ」

 

──その一緒にいた期間はじっくりと音楽に集中できたんでしょうね。

 

遠山 「だと思いますね。あと一緒に作業するようになってから、健一君の僕に対する理解も深まったんですよ。曲のアレンジをするときには、だいたい3パターンくらい作って方向性を確認するんですけど、僕の提案した内容についての飲み込みも早くなっていったし。方向性を確認したら“じゃあ2時間後に”と言って歌詞を書きに行ってしまって、その間に僕がアレンジをして・・・そんなやりとりを延々としていましたね」

 

──遠山さんから見て特に健一さんらしいなと思うところは何だと思いますか?

 

遠山 「らしさというか・・・大事にしているところってミュージシャンによって違うんですよ。例えばね、彼は曲にコードをつけるのはわりと雑だったりするんです(笑)」

 

一同 (笑)

 

──先日石田ショーキチさんに取材したときにも似たような話を聞きました(笑)。

 

遠山 「いわゆるデモテープを作りこむ人たちと比べると、彼が作るデモでは楽器の演奏がラフに作られていることも多かったんです。でも歌に関してはとても繊細で。音の入れ方、切り方、強弱、抜け方・・・は本当にきちんとやっていて。レコーディングのときは本当に何テイクも録りましたからね、納得がいくまで何度もね」

 

──言い方を変えると完璧主義ということですか?

 

遠山 「歌に関して言うとそうでしょうね。それも曲によって演じ変えていた一面があったのは確かです。全く気にしないでその場の勢いで出した歌でOKを出してしまうこともあったし。ロックだから勢いで歌う曲もあれば、バラードに関してはそうではなかったし・・・多分ね、彼の中で絵ができているんですよ。ほら、彼はポール・マッカートニーやビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが好きじゃないですか。だからああいう風に歌おうというイメージが頭の中にあって、それを再現しようとしていたんじゃないかと思いますね。理屈でやっていませんからね、彼の場合は。だから僕も音楽でああいう感じが好きだったらこうだよね、と言葉にすると難しいんですけど、音楽で会話をしていたんですよ」

 

──遠山さんが個人的に特に思い出に残っている作品はどれですか?

 

遠山 「僕個人の話で言うと、『Land of Riches』ですね。それと〈Love is Real? 想像の産物〉が特に印象深いかな」

 

──確かL⇔R初期のミニアルバム『L』や1stアルバム『Lefty in the Right』に収録されている楽曲ですよね。

 

遠山 「最初のころってキーボディストが数人いたんですよ。でもこの曲のアレンジを手がけたことで気に行ってもらえたみたいで、その後固定メンバーになれたので、そういう意味でも思い出深い曲です」

 

──ありがとうございました。最後になりますが今回のDVDについてメッセージをいただけたら。

 

江口 「歌がいいとか、曲がいいとか、ファンの方であればそれは当然わかっていると思うんですけど、実はしゃべりが上手いということをこのDVDで知ってもらいたいですね」

 

一同 (大笑)

 

遠山 「そうですね、トークも余すことなく収録されていますからね・・・ってこのあとだとなんか言いにくいなあ(笑)」

 

──・・・気を取り直して遠山さんからも。

 

遠山 「・・・この映像を見ると当時のことが蘇るんですよ。気持ちとか、雰囲気とか、緊張している様子とかね。ライヴのときって自分の気持ちを音楽にシンクロさせたいと思うからお客さんもそれほど冷静には観られないと思うんです。でもライヴを映像で見ると一歩引いた気持ちで観ますよね。どんなライヴだったのかな、ステージでどのように歌っていたのかな、自分はどんな気持ちだったのか・・・うまく言えないけど当時の気持ちがね・・・伝わればいいなと。昨日もずっと映像を見ていたんですけど・・・いやね、健一君がさ、生き生きとしているんだよね。あれを見ちゃうとさ・・・あそこにいたんだよね、一緒にね・・・いやあ、まいったね・・・」

Information

黒沢健一

TOUR without electricity 2009 Strings Quartet Special THEATER version reprise at The Globe Tokyo

2017年10月25日リリース

オフィシャルサイト商品ページ

※本商品はオフィシャルサイトの通信販売のみとなります

掲載日:2017年11月18日

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...